機関紙27-1号 (2007年9月8日発行)
桂 敬一(元東京大学教授)
傍若無人の強行採決で憲法改悪手続法案=国民投票法案を成立させたときまでは、参院選の争点は改憲だと、強気で見えを切っていた安倍内閣は、相次ぐ閣僚の失言・カネ疑惑・更迭・自殺や、年金5千万件の名寄せ未了などで、底なしの支持率低下に見舞われると、選挙ではとたんに改憲のカの宇もいわなくなった。代わって話を、年金の支払い保証や格差社会の矛盾解消というような方向ばかりに持っていった。それでも安倍政権は大敗した。そして改憲問題は、いつのまにかぼやけてしまった。
憲法から逃げた自・民
実際、安倍政権がなぜ大敗を喫したのか、民主党がなぜ独り勝ちのような大勝をしたのか、というメディアのその後の論議でも、改憲VS護憲という問題に焦点を絞った話は、ほとんど出てきていないのが実情だ。
たしかに選挙運動期間中に改憲という争点で政党同士が鋭く対立、大論争をしたといえるような局面はみられなかったのだから、投票結果がその点に評価を下した安倍政権の改憲路線を国民が否定したと、一概にはいいにくいのがメディアの立場かもしれない。
しかし、そんなことでいいのだろうか。本当なら、そこのところをこそ、精密にまた厳格に吟味するのがジャーナリズムの批評性というものではないか。
しかし、大方の政治シャーナリズムは早々と関心をつぎの総選挙の行方に移し、そこでも民主党が勝つのか2大政党的な政権交代がありうるのか、あるいはそこまでいくと、さらなる政界再編自民も民主も割れて、両者入り乱れた多数派による「大連合」形成への動きも生じるのではないか、とするような政局の行方ばかりに気を回す報道・論評が多くなりつつある。それらは、そこでだれが勝つかに関心は寄せるものの、安倍政権大敗がもたらした政治状況の超克には、どのような政策が妥当なのか、有効なのかとするような論議を興す気配を、とんと感じさせない。
ところが、改憲派を長年にわたって自認してきた読売だけは、改憲の議論が曖昧にされたままのこのような状況に、自分たちの側からの危機感を募らせ、新たな論議を興そうとしている。7月30目の社説「参院与野党逆転国政の混迷は許されない」は民主党に、対決型の政略に走るのは止め「責任政党」としての現実的な姿勢を示せ、と要請する。その中身は圧倒的に日米同盟の重視、その路線における在日米軍再編促進、沖縄基地問題の迅速な解決、テロ特措法延長への同意などだ。それらはどれも、最終的には憲法九条の事実上の撤廃を目指す政策にほかならない。
しかも読売は、8月16日の社説ともなると、「大連立民主党も『政権責任』を分担せよ」と、議論の立脚点を大きく変えてきた。改憲に向かう政策目標達成のためには、もはや自民も民主もない、両者一体となった「大連合」を実現、連立政権で政治をやれ、というわけだ。「大東亜戦争」直前の国会が政党をすべて解散、大政翼賛会一色になったことを思い出させる。
あの堺屋太一でさえ、政界再編で一番心配なのは自民・民主の「大連合」--それはまさに近衛文麿内閣(国家総動員法・大政翼賛会の生みの親)の再来、非常に恐怖なんです、というほどであるのに(毎日・8月10日付朝刊)、読売は反対に、そうした事態の到来を望むのだ。
このように情勢を捉えてみると、全国各地の多数の「九条の会」がいま取り組むべき課題と進めるべきたたかいの方向が、はっきりする。安倍政権大敗に幻想を抱くことはできない。むしろ状況をみにくくさせ、私たちがぼんやりしていると、その隙に改憲派の大同団結が進んでしまう危険も大きくなっている。しかし、国会では改憲手続法ができたのだから、衆参両院の憲法審査会をいつでも発足させられるのだけれど、現実論としてそれが暗礁に乗り上げたかっこうになっている。
それは護憲派にとって有利な状況が生じているともいえる。その利点を生かし、危険な憲法審査会の役割を徹底的に批判し、その独走を許さないたたかいを、いまから強めていくことができる。
そして、改憲派が一番危機を感じているのが、日米軍事一体化の遅れ、日米同盟の弱体化だ。そのため、沖縄基地問題の強引な処理、日本全土の沖縄化というべき基地再編のごり押しが声高に、また性急に追求され、結果的に日本は、敗戦から遠ざかれば遠ざかるほど、独立性が強くなるどころか、反対にアメリカに対する属国化が強まる、おかしな国であることが歴然とするのだ。「九条の会」は、こうした実態を余すことなく暴露し、このような不条理を完全になくすカギこそ九条であると、訴えていくこともできる。
もくじへ05年7月から新所沢駅頭で始めた「9の日街頭宣伝」もしっかり定着してきました。「会」は寒暖にめげず毎月9日の午後4時から、大勢の会員たちが、ゼッケンや腕章を着けて、「こども、若者を再び戦場に送らないために、憲法九条を守ろう」と街宣車のマイクを握り、道行く人にビラ、会報を配布しています。8月9日は悲惨な広島・長崎の被爆のパネルも展示しました(写真)。パネルを立ち止まって眺める子どもたちの姿もありました。
街頭宣伝では、さまざまな市民の反応が返ってきます。8月9日の宣伝では、キリスト教徒を名乗る方から、「クリスチャンの中で、九条を守る会や平和の活動をしている方は沢山います。私の属する宗派はいま世界中でさまざまなボランティア活動をしています。私の宗派の先輩は、戦時中、天皇を神として拝めと強制されたが、私たちの神はキリストだとして、天皇を神であるということを認めず、40数名の牧師が監獄に入れられたが、節を曲げなかった。今、そのうちの一人だけ存命で新所沢に住んでいます。なんとしても九条は守りたい」と話してくれました。
先の参院選の結果は、日本を「戦争する国」にしようとする安倍内閣の危うさへの「ノー」の意思表示の現れと見ることが出来ると思います。市民の中にある潜在的な平和へのねがいを顕在化して行くことが「9の日宣伝」の役割です。私たち九条を守る活動の課題ではないかと思います。
「会」は、毎月9日、午後4時から、新所沢駅(西口)で街頭宣伝を行っています。ビラの配布など、あなたのできる範囲でご協力下さい。
もくじへ「マスコミ・文化九条の会所沢」の第2回総会が、2日午後、ミューズ5F展示室で開かれた。先の参院選で安倍改憲路線が有権者からノーの審判を受け、新しい政治の息吹が芽生えるなか、これからの「会」の運動について、会員ら71人が集まり、熱心に意見を交換した。後半は「世界」の編集長・岡本厚さんが「参院選後の政局と9条を守るたたかい」と題し、90分の記念講演をした。
冒頭、鴨川代表代行(勝本代表は海外主張中)は、「知恵と力を束ねてこの会を発展させていきたい。11月には、井上ひさしさんを所沢に招き、このミューズで講演会を開きます。この講演会を成功させるために、市内9つの九条の会が、力を合わせて運動を進めることになった。会は今の情勢にあった、生き生きとした活動を市内で展開したい」と、あいさつした。
これからの運動について佐藤事務局長は、「アンケートに多くの方から答えて頂き、感謝したい。書かれた意見を共有し、これからの運動に反映していきたい。会の結成から2年半、会員も300名に近づき、機関紙も毎月1400部を発行。580部を世話人が会員やまだ会員ではない集会参加者に届けている。
マスコミ界の第一線の著名な方もたびたび登場するなど知名度も上がっている。読みにくい、字が多いとの苦情もあるが、読みやすい紙面への改善、編集スタッフの充実へ努力をしたい。アンケートにあるように、年末には、マスコミの現状を聞くために放送、新聞の現役のジャーナリスト、研究者を招き、憲法問題を軸とした中規模の学習会も重ねていきたい。
08年末までに500名の会員をめざし、結成3周年(08年3月)に記念講演とパーティを開く予定だ」とこれからの運動の展望を述べた。楽しく、文化の香りがする催しをどんどん行うと語った上で、新所沢駅頭で行っている「9の日」行動への会員の参加を呼びかけた。
会場発言も相次ぎ、中新井に住む男性は、「井上ひさしさんは、ペンクラブの会長を辞任したが、最も普通のことをやっていても『おまえは左だ』と言わている。井上ひさしさんは、憲法を守り、戦争に反対することは当たり前のことだと語り、問題は当たり前のことを当たり前と思わない人をどうするのかだ。この会には、友人から誘われたが、いい会だと思う。『文化』という言葉が入っている。選挙で民主党が勝ったが、ここは焦らず、じっくり運動を進めよう。文化を守ることは憲法・平和を守ることだ」と語った。
山口から参加した女性は、「来年、日本で世界の九条の会が集まるイベントがある。この会も参加へ名乗りを上げて欲しい。埼玉県が提携しているオハイオ州に全米の九条の会を仕切っている支部がある。そういう所とも交流してもいいかなと思う。ついでに上田知事も入れてしまいましょう」と発言した。
また中富から参加した男性は「九条の会のことだが、九条をどうするのか動詞がない。九条どうするんだいと思ってしまう。会のアピールを読めば分かるのだが、九条を守る一点で全国の九条の会がパワーを見せつけることができないのか。3年後には投票が迫ってくる、時間的なリミットが来ている。マスコミが九条の会を報ずることは少ない、完全に無視をしている。報道させるために全国の九条の会のパワーを全開する施策はないものか。九条の会は憲法九条の一項、二項を変えさせない会なのだということを広く知らせよう」と訴えた。
これに関連して、同じ中富の男性は、「九条は実態として無いのに等しい、守るということは何なのかと考えてしまう。自衛隊もあり、実弾射撃訓練も公然と行っている。守るべき人が崩しているなかで、憲法とは何だということを見失っているのでないか」と語った。
山口から参加した女性からは、「子どもたちに本を貸し出す文庫をやっています。九条のことを子ども、母親たちが一緒に考える機会があればいいなと考えています」との発言があった。
財政報告の確認と代表、事務局長、世話人を確認して前半を終えた。
もくじへ増岡敏和 (詩人・青葉台在住)
ひょんな関係で(やがて触れる)、本紙に表題のコラムを書くことになったが、あれこれ聞いて欲しいことが書けると思われ、気が乗った。ちょっとしたことだが、その最初は「土掘ってみみずのこえを聞くまひる」という少年期に書いた私の俳句に、後日の詩による解説がある。
「畑仕事に精出す祖母の/暦の土をその鍬先でめくって/いっかな聞けることのないながら/親しみを呼び起こそうと/涙ぐみそうな在りし日の戯れである」と、祖母に決してやさしくなかった私の淋しいお詫びを託したのである。今になって、人には返らぬ昔日への親しみに涙することがある。叙情的に過ぎるが、そしてそれだけのことだが、大切にしたいと思っているのである。
編集部から今月号から、増岡敏和さんのコラムを毎回掲載します。ご愛読下さい。
もくじへ鈴木彰の「敗れてもみんな辞めてもオレ辞めない」
もくじへもし仮に今度の参議院選挙で、安倍さんが勝利していたらどうなっていたか、多分彼は、私の改憲路線というものが支持されたといって、非常にかさにかかった形で臨時国会、来年の通常国会でどんどん押してきたと思います。そして、民主党がもし敗れれば解体状況になるのではないかとさえ言われていました。自民党から民主党に手を突っ込む形で政界再編がおこなわれていたでしょう。
今回、安倍さんが歴史的な大敗をしたことは、我々にとってはきわめて良かった。今回の選挙は、憲法にとっては天下分け目の戦いという人がいた。これで改憲の流れにブレーキがかかり、我々にはチャンスの時間が与えられた。
今年は憲法施行から60年。ということは大日本帝国憲法の57年よりも長いのです。なぜこれだけ長い命脈を保ったかと言えば、この今の憲法こそ、世界に共通する世界水準の価値を持っているからだと思います。この憲法をなぜ変えなければならないのかいまだに分かりません。彼らが困るのは一点、戦争ができないということです。いま憲法を変えようというのは、イラクにイギリスがアメリカと一緒になって攻め込んだように、日本も一緒に来てくれという呼びかけに応える、そういう意味でしかないと思います。
よく保守派あるいは改憲派の人たちが歴史とか伝統とを言いますけれども、我々にとって憲法は60年の歴史と伝統があるわけですから、まさに歴史と伝統を大事にしたいと思うのです。
一昨年の小泉さんの郵政選挙では、自民党が大勝した。そして今回は民主党に大量の票が行った。逆転したわけです。民意のスイング、大きな変動があった。ある新聞記者と話したところ「どうも票が浮いている」ということでした。つまりそれぞれの党が、固定的な票があまりなく、浮遊している票がものすごく多い。そのまんま東のような人が出れば、そのまま票がどっと動き流れる。これまでの自民党ならば自民党の候補者に入れるというのが多いが、これまでと比べて、固定的な票が非常に少なくなってきていると彼は言っていました。ある意味で非常に不気味だと言うことです。
考えてみると、これまでは農協、医師会、業界団体、労働組合などいろんな中間組織があって、そこからの指令なり、この候補者に入れて欲しいと言われれば入れる。いわゆる支持基盤があった。それが完全に壊れていると言えます。
大きな影響をもたらしたのがテレビです。テレビによってあおられ、右に行ったり左に行ったりする状況になっている。怖い部分があって、ファシズムの温床にもなりえることです。これまでの支持層、政権へのロイヤリティーを失った人たちがメデイアにあおられた、あるいは小泉さん以上にカリスマ性を持った人間がどこかに現れて、そこでザアッと流れていく可能性もあるのではないかと思います。
はっきり安倍改憲路線は民意によって否定されたというべきだと思います。なぜ、参院選がこういう結果になったのか、いろんな分析があります。年金記録の管理の問題とか、「政治とカネ」の問題とか様々なことを言われていますが、それも確かにありますが、安倍首相は年のはじめに、改憲を正面から問うのだと言いましたし、参院選の時も自分の基本路線だと言いました。それをみんな感じていた。このままでいいのだろうか。このまま安倍さんに任せていいのだろうかと不安になったのです。朝日の早野さんが新聞に書いていましたが、自民党の議員の家に電話した。奥さんしかいなかった。その奥さんが、「今回だけは自民党に入れたくない、戦争のにおいがして嫌だ」と言ったというのです。そういうものをみんな感じていたのではないでしようか。
憲法を変えない方がいいという人は35%、それが前の調査では28%ですから、明らかに護憲派が増えている。さらに九条についてみると九条を堅持した方がいいという人が44%で、実は圧倒的多数なのです。九条を変えない方がいい、改憲に賛成の人でも九条は変えるべきではないと言っています。国民の中にいろんな変化が表れてきた。自民党が今度の総括の中で言った民意とのずれというのは、安倍さんの中に、基本路線の中にあったと思います。
改憲路線は否定されたと、はっきり言っておかなければならない、年金だけしっかりやっておけばいいという話しになっていく、そうしてはいけないと思っています。安倍さんの基本路線が否定されたということは、自民党の中のかなりの人が判っています。
憲法審査会がつくられることになりましたが、メンバーが決まらない形で、先送りになっています。「有識者会議」で集団的自衛権の行使についてどんなものがでてもこれは棚上げだと言われています。公明党もこれは認めないと言ってますから、ある意味ではいい形での改変が始まっていると思います。
小沢さんは格差、地方の問題を言いましたが、これは社会民主主義的なことです。民主党は2年前の総選挙で議席を増やしましたが、そのとき民主党は格差を言っていなかった。ところが今度は民主党がそれを言い始めて、ザァーっと流れた。
では大連立があるのか。それはしばらくはあり得ない。小沢さんも馬鹿ではないので、自分たちが勝ったのに、いきなり大連立では何のために参院選で民主党に票を入れたのか判らない。そんなことはあり得ない。たとえば、数年後、なんかの形で政策が行き詰まったとか、憲法の問題で将来的に大連立がないわけではない。時期とかなぜとかは判らないがすぐにはあり得ません。
臨時国会でテロ特措法問題が非常に大きな問題になってきます。安倍さんは延長ですが、小沢さんはこれに反対すると言っています。11月までの間に、どうなるか、多分何らかの形で妥協していくのではないでしようか。すぐには妥協はしないでしょうが、がっぷり四つになった議論が展開されれば面白いことになります。
改憲そのものはしばらくは出来ないと思います。明文改憲は出来ませんが、現実的なものは進んでいく可能性があります。そこをよく見ておかなければなりません。一方で、内閣法制局からはもし今の憲法がある中で、解釈改憲で集団的自衛権を認めるならば、我々は全員辞任すると言っています。内閣法制局は法の番人です。
現在の憲法がある限り、集団的自衛権の行使は出来ないとずっと言ってきている。それもぎりぎりだと彼らは言います。もし解釈を変えることがあるならば、法の崩壊であり、法治国家は成り立たない。だから、やるなら改憲してからやれと言う訳です。
今度の参議院議長になった江田五月さんは「戦後レジーム」からの脱却ではなく、発展だと言いました。まさにその通りです。参院でどのような力を発揮できるのか見物でもあるし、同時に我々も声を出し、力づけたりしていかなければいけないと思うのです。
国民投票法を成立させるために参院では18の付帯決議がつきました。参院でもういちど徹底的に議論せよと言うこともできます。あんなメチャクチャな法律はありません。この国、社会全体がだめになっていくわけですから、そういう意味で、強行されたことを元に戻すぐらいのことはやってもらいたいものです。
(講演の一部を掲載しました)
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