機関紙35号 (2008年5月30日発行)
桂 敬一(元東京大学教授)
4月8日の読売(朝刊)が発表した憲法に関する世論調査の結果が、改憲「反対」43・1%、「賛成」42・5%となり、15年ぶりに護憲「回答」が改憲「回答」を上回る事態となったことは、読者や新聞界も驚いたろうが、なによりも当の読売自身が、よっぽどびっくりしたはずだ。九条改憲にいたっては、賛成が3割に止まり、反対が6割を超したのだ。
熱心な改憲キャンペーンを、長年繰り広げてきた読売のこの世論調査は、他紙の同種の調査と比べて、突出して改憲派の勢いが強かった。それがなぜ、ここのところへきてこんなことになったのか。
実際、最近の大きな出来事に際しても、読売と産経、それに日経の反憲法的言動は酷さを増しており、その根っこには、なにがなんでも戦後の新憲法を葬り去らねば、とする執念が燃えさかっている。
3月、映画「靖国」の上映妨害事件が起こったとき、読売・産経もさすがに社説では、表現の自由を擁護、映画館を激励したが、その文章をよく読むと、検閲まがいの画策をした自民党の国会議員の行動は、ちゃっかり擁護していたのだ。また、立川・防衛庁官舎のイラク反戦ビラ配布事件に対する最高裁の有罪判決に対して、読売は「一つのルールが示された」(4月12日社説)とこれを支持、産経も解説記事で、「表現が裁かれたのではない。立ち入り禁止の掲示に反した行動が裁かれたのだ」と、牽強付会の詭弁を弄したものだ。さらに、3月28日の大江健三郎「沖縄ノート」(集団自決)裁判に対する大阪地裁の大江被告勝訴の判決にも両紙は、特定軍人による「軍命令」があったとの認定は判示されていない---妥当な判決とはいえない、と異議を述べ立て、つづく4月17日、名古屋高裁が「航空自衛隊のイラク派遣は違憲」と判決を出すと、読売「兵輸送は武力行使ではない」、産経「平和協力を否定するのか」(どちらも18日社説)と、両紙そろって、理屈にならない理屈を書き並べる始末となった。
冷静さを欠き、いきり立つだけのこうした議論は、この間、安倍政権の自滅、福田内閣の自衛隊・インド洋補給再開のための衆院再可決強行、岩国市長選への国の不当介入(米艦載機移駐を拒否する市長を落とすために既定の市への補助金を打ち切り)、沖縄・米兵少女暴行事件、イージス艦「あたご」漁船衝突事故、横須賀・米兵タクシー運転手殺害事件など、この国の危うさを痛感させる出来事が続発、国民を不安に陥れる結果となっていた状況を、完全に見落としていると言わなければなるまい。
さすがにこのような情勢の下で、自信満々、例年どおりの改憲論を、今年の5月3日、ぶつわけにはいかない。
しかし、改憲主張を降ろすこともできない。そこで論点をすり替える怪しげな社説が出現する次第となった。
読売は、日本の政治の機能不全をもたらしているのは、国会の「ねじれだ」これを解消するための参院改革には早期の改憲が必要だ、と説いたものだ。産経にいたっては、過日の日本タンカーに対する海賊船攻撃事件を麗々しく取り上げ、「不法な暴力を座視するな。海賊行為抑止の国際連携参加を」ときた!もちろん「ねじれ」解消論もぬかりなく配置する。日経は臆面もなく「憲法改正で二院制を抜本的に見直そう」と主張する。読売もこれほど図々しくはない。
このような改憲派新聞の退勢を見越してか、ここ2〜3年、だんだん護憲の色が褪せてきた観のあった朝日、毎日が、自信と元気を取り戻し、「日本国憲法 現実を変える手段として」、「『ことなかれ』に決別を 生存権の侵害が進んでいる」と、それぞれ社説で希有の大きい護憲論を掲げたのが、注目される。
東京新聞、北海道新聞はかねてから元気だが、「『なぜ』を大切に憲法記念日に考える」、「憲法記念日平和に生きる権利今こそ」と、前向きの姿勢をいっそう強く示した。
だが、これらの新聞も、5月4日から3日間、千葉・幕張メッセで開かれ、延べ2万人もの人を集めた「9条世界会議」の成功を、どれだけ報じただろうか。残念ながら大きく伝えられたとは言い難い。
護憲を志すメディアが、全国7,039の「九条の会」の動きと密接に結びつくとき、改憲派メディアを圧倒、改憲の潮目を大きく変えることができるのではないか、と想像する。
もくじへ 「日本国憲法 現実を変える手段として」の見出しで、通常の社説の倍の長さである。
「たった一年でこの変わり様はどうだろう」と昨年と様変わりした状況から問題を出発させていた。
安倍首相が憲法改正を争点に挙げ、国民投票法の成立、集団的自衛権の解釈の見直しを進めた「そうした前のめりとも言うべき改憲気分」は、今年は鳴りを潜め、「福田首相は安倍時代と一線を画している」。世論も冷え、改憲反対が賛成を逆転しており、景気や年金など暮らしに直結する課題が上位となっていると現況を捉えている。
さらに、「豊かさのなかの新貧困」「『自由』は実現したか」と、貧困と自由の問題を取り上げている。
経済のグローバル化、インターネット、携帯電話の広がりの中での現実に着目、ワーキングプアという新しい貧困については、憲法二五条との溝を説く。
「自由」については、右翼団体の脅しと裁判所の命令に従わないホテル、映画「靖国」をめぐる自由の保障、インターネット社会での自由と権利を守る智恵の立ち遅れなどに言及。社会保険庁や防衛省の起こした事態は憲法への裏切りであり、こうした問題にたじろがず、「憲法は現実を改革するものとして、憲法論議を」と結んでいる。
ここでは、名古屋高裁での違憲判決や実質的改憲とも言うべき日米同盟の軍事態勢の強化や世界の中での日本といった面からの憲法との関連は触れられていない。(鴨川孝司)
1面トップで福田内閣の支持率が18%まで下落したと報じた「毎日」は、社説で「『ことなかれ』に決別を」の見出しを掲げ、「生存権の侵害が進んでいる」のサブタイトルで今日の日本社会が抱えている諸問題を日本国憲法に照らし合わせて考えようとしている。
裁判所の決定を無視し日教組の会場使用を拒否したプリンスホテル、国会議員の介入を機に上映中止が相次いだ映画「靖国」などを例に、憲法が保障する集会の自由、表現の自由が脅かされていることに懸念を示し、意識して抵抗しないと「基本的人権は守れない」と主張。
また、イラクヘの自衛隊派兵は憲法違反と名古屋高裁が下した判決の意義をのべ、憲法前文で謳われた「平和的生存権」が単なる理念の表明ではなく、侵害された場合は裁判所に救済を求めることができる、と司法が初めて憲法判断した意義を強調。「生存権」の立場から見れば、「後期高齢者医療制度」、働いても生活保護以下の所得しか得られないワーキングプア、「消えた年金」問題などは、違憲状態が疑われると指摘。最後に「ねじれ国会」について言及。「非効率性だけを言うのは一方的」で、福田首相が道路特定財源の一般財源化を約束したのも「ねじれ」なしでは起こりえなかったと主張。参議院は戦後改革に生まれたもので、「参議院はその自覚に立って独自性の確立を急ぐべき」とのべ、「憲法で保障された国民の権利は、沈黙では守れない」「読者とともに政治に行動を迫っていく」と結んでいる。(佐藤俊広)
この国はこれで大丈夫なのか---のっけからこのように書き出している読売新聞の社説は、「論議を休止してはならない」と見出しを立てている。
マスコミがこぞって叫ぶ、衆参ねじれ国会の状況を指して、国として迅速にしなければならぬ意思決定を困難にしている、という。このように政治が混迷し機能不全に陥っているいまこそ、国家の骨組みを再検討すべく、新しい国会ルール作りも含めた憲法論議を休止してはならないと、あたかも国会は与党だけでよいといわんばかりだ。
憲法論議というのも、昨年成立した改憲手続きを定めた国民投票法に基づいて設置された、憲法審査会での、もっぱら改憲のための論議である。一日も早く憲法改正発議に向けた議論を始めなければならないし、これ以上遅延させるのは国会議員としての職務放棄に等しい、という。
改憲に向けた議論をしないのが職務放棄に等しいというのであれば、現在の憲法を遵守しなかったのは何だったのか。
さらに、8・9面で特集している「改正論議活発化を」と題する、大石眞京大教授、中山太郎衆院議員、猪瀬直樹東京都副知事、北岡伸一東大教授による座談会が、この社説をカバーしている。
なお、市民意見広告運動事務局による、「九条の実現こそ平和への道です」という全面広告が11面にあった。(原 緑)
「現行の二院制度は日本国憲法の最大の欠陥である。議員内閣制がきちんと機能するように憲法を改正し、よりよい二院制をめざしたい。ねじれ国会の迷走を貴重な教訓として憲法改正論議に生かすべきである」と書き出す。「与党が衆院で三分の二以上の多数を握るのは極めてまれで、単なる過半数しかもたない場合、政治はたちまち行き詰まってしまう」。「道路特定財源問題では参院がニカ月間審議を引き延ばした結果、内閣が再可決の条件整備のために一般財源化方針に踏み切らざるをえなくなったのが一例である」。「衆院の優勢をより明確にするため憲法第五九条を改正し、衆院も再可決の要件を三分の二から過半数に緩和すべきだ」と主張し、「議論すべきテーマは二院制度見直しにとどまらず、自衛隊の国際貢献などの安全保障、地方分権、環境や生命倫理などいくらでもあるのだから、一刻も早く憲法審査会を始動させるべきだ」と結んでいる。
当日の「日経」の世論調査では、「改憲賛成」が48%、「現在のまま」は43%であるが、前回調査(昨年4月)と比較して、改憲支持が3ポイント低下し、護憲支持が8ポイント上昇している。
急速に高まる「憲法改悪反対」の世論を意識してか、「九条」について一言も触れることのない、本質的問題を避けた低調な改憲論である。「ねじれ国会」の問題も、自公政権が国民の意思を蔑ろにしていることから起きているのであって、直ちに衆院を解散して選挙で国民の意思を問えば解消するはずである。財界向けの社説と言わざるを得ない。(岡本建哉)
1面に福田内閣支持率は19%に落ち込んだとある。九条の会発足の04年の小泉内閣の支持率50%に比べれば、隔世の感がある。
東京新聞の社説は、60年前、廃虚の中で先人が掲げた高い志を再確認しょうと格調高く呼びかけ、「なぜ?」をもっと大切にと言及する。北九州で独り暮らしの男性が孤独死した。憲法第二五条には「すべての国民は、健康で文化的な生活を営む権利を有する」とあるが「なぜ?」なのか。リストラでよみがえった企業の陰には失業者の山。奴隷労働と言われる悪条件で働くことを余儀なくされる非正規雇用の増大は「なぜ?」なのか。もっと問いたい「なぜ?」は、「戦争はしない」(第九条第一項)はずだった国の航空機がイランに行き、武装した多国籍兵を空輸していることに、裁判所は「自衛隊のイラクでの活動は憲法違反」と断言した。が、政府は黙認の構えだ。裁判所が判断したのに「なぜ?」なのかと迫る。市民のイラク派遣反対のビラの配布が犯罪ならば、憲法二一条が保障する「表現の自由」は絵に描いたモチになると指摘する。
福田首相などの公務員は憲法を尊重し擁護するのが義務であり、国民には「自由と権利を不断の努力で保持する」責任(第一二条)があると述べている。その責任を全うするために、一人ひとりが憲法と現実との関係に厳しく目を光らせ、今起きていることに「なぜ?」と問い続けたいと結んでいる。今年も護憲の姿勢を強く打ち出した。ぶれはない。(葛西建治)
「不法な暴力座視するな---海賊抑止の国際連携を」のタイトルのもと、「昭和22年当時には想定できなかった事態が続発している」と、中東イエメン沖で日本郵船の大型タンカー「高山」が海賊に襲われ、被弾した事件を取り上げ、公海上で海賊を撃退できないのは、「憲法解釈によりかんじがらめだからだ」として「憲法守って国滅ぶ」という。
そして「自衛権がなぜ使えない」としで、論を進め、この「海賊問題」について、国連安保理で準備されている決議に関し、「国際共同行動」が大切であり、「日本が憲法を理由にこの問題に参加しないなら、国際社会はどう受け止めるだろうか」として日本の国会に言及する。「憲法審査会」の「開店休業状態」については民主党の責任であり、「停滞」の原因は国会の「ねじれ」であると「参院のあり方もタブーなく見直すべきだ」と主張する。
そして結論は「海賊も撃退できない憲法状況がいかにおかしなものか。自民党の新憲法草案で自衛軍保持と集団的自衛権の行使容認をまとめた福田首相は熟知していよう。小沢民主党代表も“普通の国”が持論だったはずだ。国民の常識が通用する憲法体制の構築に与野党は競い合ってほしい」と結ぶ。
「改憲」に固執するあまり「海賊問題」から「自衛権」へ、そして「自衛軍」をという主張は、現在の“国民の常識”から、かなりかけ離れたものであると思うのだが。(間島 弘)
私の年代は物心つく頃は日中戦争のさなか、小学校(当時は国民学校)入学の年に太平洋戦争が始まり、兄二人が陸・海軍に志願で出征した。その後、宮城県の疎開先では5年生で山奥の炭窯から馬車の通るところまで木炭の運び出し、敗戦の夏は焼畑でのソバ作りなどでまともに授業を受けた記憶がない。
それだけに「政府の行為によって再び戦争の惨禍がおこることのないやうにする」前文の文字に目の覚めるような感動を覚えた。戦争は自然現象のように避けることができないものと思い込んでいたものがいっぺんにひっくり返ったのだ。
労働組合活動で会社から解雇されてたたかったが、その基底には憲法の「思想及び良心の自由」「労働者の団結権、団体行動権」があった。私にとって日本国憲法は生きる規範であり、いささかも変える必要はない。
憲法記念日の赤旗主張は「憲法を守り生かしていくとき」とあり、読売の世論調査を例に世論が、憲法を守るほうへ劇的に変化していることを述べ、アメリカのイラク侵略戦争とそれに協力する日本政府の対応から国民は「世界に誇る平和憲法」を見直していると論じている。
5月9日、恒例の新所沢駅頭の九条の会の宣伝行動に年配の男性が「君たちのような人たちがいるから平和が守れるんだよ。有難う」と言ってビラを受け取っていった。赤旗主張を読んで改憲策動や海外派兵恒久法の企てを葬るためにいっそう人々の中に九条の会は入らなくてはと改めて思った。(白戸由郎)
もくじへ増岡敏和(詩人)
話しは前後したりするが、戦争が終わって私は、それまで海軍の飛行予科練生(16歳)として松山航空隊に居たが、そこから広島の自宅に帰ってきたのは1945年8月末であった。
その前に母から葉書で「玲子が殺された」と上の妹の原爆死の知らせを私は受けていたので、「死にに戦争しに軍隊に行ったもんが生きて帰ることになって、家にいて守られるもんが先に殺されるなんて」と私は、軍隊疎開先の民家の裏の竹薮に隠れて号泣した。
広島に帰って聞くと、玲子は爆心地近くの学童動員先で重傷を負い、宇品から金輪島に運ばれたのである。金輪島は当時軍隊しかいなかった。一人の中尉に看取られその翌日に、玲子は死んだ。「うち死ぬんかね」とその中尉に言ったという。それが彼女の今際の言葉であった。
もくじへ「雨あがる」「阿弥陀堂だより」「博士の愛した数式」など、心暖まる作品を創り出してきた小泉堯史監督の新作に期待し、また強い関心を持って観に行った。しかし、単純には評価できない問題をはらんでいた。
映画は、太平洋戦争終戦間際の米軍による名古屋地方の無差別爆撃の際、撃墜したB29から脱出し捕らえられた米兵38名を、正式審理もせず斬首や刺殺などの処刑をしたとして、BC級戦犯として起訴された日本軍将兵20名、中でも東海軍司令官岡田資中将の「最後の姿を事実に則し虚心に描かんとするもの」(「明日への遺言」パンフより)であった。
岡田は、米軍法廷で米軍の無差別爆撃は国際法違反であると批判し、爆撃機搭乗員は戦争犯罪人として処刑したと主張。またすべての責任は自分にあるとし、部下の将兵の罪の軽減を請願した。判決では、岡田のみが絞首刑となり、岡田は妻に「本望である」と告げる。
映画では、法廷での岡田の態度や家族愛を見せて、誇りや品格のある人間像として美化して描いていると言っていい。しかし、岡田の人物像をこのようにだけとらえて良いのだろうか。
吉見義明著「毒ガス戦と日本軍」(岩波書店)によれば、日中戦争の武漢攻略作戦のおり、岡田資少将(当時)は、他の隊と同様に毒ガス作戦を実行し、その効果を高く評価する報告を行っていたという。以下に一部引用する。
「米軍法廷では、岡田中将は、国際法を盾にアメリカ軍の無差別爆撃を糾弾したが、中国で国際法違反の毒ガス戦を肯定し積極的に指揮するようになったことは、裁判では訴追されなかったので語ることなく済んだ、岡田将軍に限らず参謀長以下著名な陸軍将校が毒ガス戦を指示し指揮しているのだが、中国人が相手の時には国際法違反の痛みはなかったのだろうか。いずれにしても、岡田中将を評価する場合、米軍法廷でみられる気骨のある態度とともに、日中戦争における毒ガス使用に対する態度の問題や、日本軍の重慶などに対する無差別爆撃問題に対する態度もあわせて考える必要があるであろう。」
この映画が、戦争の非道さ、非人間性をとりあげ反戦平和の大切さを伝えていることは事実だが、実在した人物像についてすでに明らかになっている側面にふれず、人物像についての観客の評価を一方に誘導してしまうことには、懸念を持たざるを得ない。ましてこの映画を観た中曽根康弘元首相が絶賛していたり、自由主義史観研究会のホームページが「東条英機元首相の『決戦』を描いた映画『プライド』が公開されたときほど、世間の反発が少ないのも、時代の変化を感じさせる」などと評しているのを見るとなおさらである。
もくじへ佐藤俊広(北岩岡在住)
3月28日大阪地裁は、『沖縄ノート』を執筆した大江健三郎さんと発行元の岩波書店を相手取り、沖縄の「集団自決」をめぐる記述は名誉段損だと梅沢元戦隊長らが訴えていた裁判で、「集団自決」に日本軍が深く関与したことを認め、原告の訴えを退ける判決を言い渡しました。
昨年、文科省は高校の「歴史」教科書の沖縄戦での「集団自決(強制集団死)」の記述から「日本軍の強制」を削除させましたが、その根拠に梅沢氏の陳述をあげていただけに、この判決は、教科書検定の撤回を求め、裁判のゆくえを見守ってきた人びとを勇気づけています。歴史を直視する判決が出た背景には、沖縄での出張法廷、最終段階での大江さんの証人尋問、渡嘉敷島や座間味島での体験者の新たな証言、教科書検定の撤回を求める11万人の沖縄集会など、全国各地でのたたかいがありました。
大江さんが裁判に訴えられていることを公表したのは、3年前の2005年7月、「九条の会」結成一周年を記念して開催された有明集会でのことでした。私はその集会に出ることができませんでしたが、後日、OBの方から「大江さんが岩波書店の名前を3度もあげて裁判のことを訴えていたのに現役の人間が誰もいなかったのはなぜだ」と詰問され、現役の立場にある私には、そのことが突きささりました。
当時、なぜこの時期に裁判が起こされたのか社内の誰もがいぶかっていましたが、9月下旬に岩波書店周辺で数人によるビラまきが行われ、その狙いがはっきりしました。ビラの出所は「沖縄集団自決冤罪訴訟を支援する会」。顧問に藤岡信勝氏、支援団体に「靖国応援団」「自由主義史観」「昭和史研究会」、弁護団に稲田朋美衆議院議員など30名を超える弁護士が名を連ね、大江さんを攻撃する「諸君」「正論」掲載の論文が添付され、裁判を起こしたのは、教科書から沖縄戦での「日本軍の強制」を削除させることだとあからさまに述べていたからです。
ちなみに稲田議員は映画「靖国 YASUKUNI」の上映をめぐって文化庁などに圧力を加えたことで知られていますが、彼女は、05年9月大阪地裁で「靖国参拝は憲法違反」の判決が出たときの小泉首相弁護団の一員であり、「従軍慰安婦」「南京事件」を教科書から削除・歪曲させる立場で一貫して運動をつづけ、05年の郵政選挙で「刺客」として福井1区に送り込まれた人間です。
このように「靖国派」の人びとがいまも国会で暗躍しており、憲法九条改悪をたくらむ勢力と一体となって歴史の真実をゆがめようとする動きは執拗につづけられています。彼らの企みを許さないためにも、高裁に控訴された沖縄裁判に注目し、署名活動などを強めていくことが求められています。
村山志穂(弁護士 大久保賢一法律事務所)
私は、5月1日、航空公園野外ステージを会場に行われた第79回メーデーに参加させて頂きました。実は今回が私にとってメーデー参加初体験でありました。
メーデー初参加を前に、前夜は当日どんな服装で行くべきか少々迷いましたが、当日はいつも通りあわただしい朝の中、悩む時間もなく、普段のスーツ・革靴・手提げ鞄という服装で行ってしまいました。後になって、足にまめ、筋肉痛となり、もっと軽装で行くべきだったと後悔しました。
第1部の集会が終わったところで、メーデーのベテランの方から、第2部の「デモ行進」に参加しなければ「メーデーに参加」したことにはならないと勧められ、デモ行進にも参加する運びとなりました。
行進し始めは、これまた初体験のシュプレヒコールに、なかなか自分の殻が破れず幾分小さな声でしたが、「後期高齢者医療制度を撤廃せよ!非正規雇用をなくせ!」などの悲痛な叫びを実感し、自ずと声も出始めました。
今回のメーデーは、快晴の中、参加者数も例年に比べ多かったと聞いています。ワーキングプアの問題等が深刻化する中、労働者が団結し権利実現を求めていくことの重要性をメーデーを通して再確認できました。
私も、今回の集会(第1部)でミニ講演を行った当事務所の先輩である近藤弁護士のように、具体的な事件を通して労働者の権利実現へ向けた活動が出来ればと思います。
もくじへ田中英子(山口・椿峰在住)
4月19日「マスコミ・文化 九条の会 所沢」3周年のつどいに参加した。
半田滋氏の「今防衛省で何が起きているか」との題材で話をしていただいた。
今までなんとなく理解していたつもりだったが、このように系統的に世界の状況など話してもらって、やっと日米の関係や世界の動きなど、全体がつかめたような気がしてきた。
アメリカがどこにでも出てきて戦争を仕掛け、そこに憲法に違反してまで、日本は手を貸している。こんなことがまかり通っでいいのだろうか?そして今、最も邪魔になる憲法9条をなくそうと画策している。
今まで自衛隊の任務は国内に限られていたが、今は海外に出てアメリカの支援をすることが当たり前になっている。それにしても4月17日の「クウェートに自衛隊員を派遣して空輸活動をすることは違憲である」という判決は画期的であり、とりあえず喜ばしいことだ。
後半懇親会の場で、たまたま私たちのテーブルが山口在住の人が沢山いたので、「山口地域でも9条の会を立ち上げよう」との話が出た。一日も早く具体化して、大切な憲法9条を守るための運動を展開させなければならないことを痛感して帰った。
日本はなぜ「対米徒属」を断ち切れないのか 政治・経済・軍事の日米関係の構造を解き明かす連続講座
会費(資料代、1講座千円。学生800円)
第3回講座 講師 早野 透(朝日新聞社コラムニスト)
「ナショナリズムと対米従属の捻れ一戦後保守がつくった日米関係」
6月13日(金)18時30分 岩波セミナールーム
第4同講座 講師 山家悠紀夫(「暮らしと経済研究室」主宰)
「経済は対米依存から脱却できたか一米国経済の傘に覆われる日本」
6月20日(金)18時30分 岩波セミナールーム
第5回講座 講師 前田哲男(軍事問題評論家)
「日米安保と自衛隊の変質一米国の世界戦略は日本に何を求めるか」
7月4日(金)18時30分 岩波セミナールーム
第6回講座〈共同討論〉
「日本は『対米従属』からの脱却と自立をいかに図るか」
パネリスト 今回の講師の代表とゲスト討論者
コーディネーター 桂 敬一(マスコミ九条の会呼びかけ人)
7月12日(土)13時30分 全水道会館
申し込み先 FAX 03・3291・6478 メールの場合 postmastr@masrescue9.jp
解剖!恒久派兵法の本当のコワサ
講師 憲法会議事務局長 長谷川英俊氏